うつ病体験談

【うつ体験談・コロナ禍での発熱#1】心の病になった理由をブログに書く

私はコロナ禍、緊急事態宣言の発令している最中にうつ病になりました

そして半年が経った2020年10月15日、症状が回復してきたので経過をここに記録したいと思いパソコンの前にいます

私の経験を読んでもらい、誰かの知識として吸収され、気持ちが楽になれば嬉しいです

真面目で頑張り屋で、少しだけ繊細なあなたに届いて欲しい

うつ病のきっかけは「コロナ禍での発熱」

私のうつ発症のきっかけは、「コロナ禍での発熱」です

緊急事態宣言で外出自粛が騒がれる中、本来であれば珍らしいことでもない発熱で私は会社を休みました

体温は37.7分

扁桃腺が腫れやすく、40度弱の熱が普通の私にとっては熱が出ているという感じがしなく、会社を休むことにすら不満を覚えるほどのものです

しかしコロナウイルスが猛威を奮っているこのご時世に、休まないわけにはいかなかったのもあり、会社を休みました

この時は少し働きすぎたかな…と思っていたぐらいです

一応コロナの可能性が0ではないので、保健所と厚生労働省に連絡し指示を仰ぐことにしました

保健所・厚生労働省の対応としては「3日ほど安静にして、回復しなかったり体調が悪くなるようなら、また保健所に連絡し病院に行ってください」とのことです

そして3日ほど安静にしてました
しかし発熱・怠さ・頭痛が変わらないため保健所に連絡して、病院に行くことに

この時はまだ、コロナに対する強い恐怖も、鬱もなにも感じてはいなかったです

「念のために電話するか…」ぐらいに感じて、多少めんどくさい気持ちと怠さとともに電話をしていました

町医者で内科にかかるが「診れない」と断られる

体調が変わらなかった私は、町医者の内科に行くことを決め病院に電話し、受診しました

「お薬も貰えるだろうし、これで大丈夫になるだろうな…」と考えていたのを覚えています

内科での診察の結果は

「軽い風邪の症状ではないか?コロナでも同じような症状は出るかもしれないけど、現時点の症状ではPCR検査はできない」

と言われました

正直少しそんな感じがしていたので、あまり驚きはしませんでしたが

PCR検査は数に限りがあるし、重傷者がいるかもしれない中で私だけ受けるわけにはいかないと思っていたので納得して、帰宅しました

数日経ち、風邪引いた時と同じように安静・風邪薬・栄養と水分摂取に気をつけて過ごしました。しかし、熱は下がらないため再び病院に行くことに

少しだけ症状が変わらないことに不安を覚えつつ病院に電話し

  • 血液検査
  • 肺のレントゲン
  • 血中酸素飽和度

の検査を受けて診察に臨みました

不安を胸に抱えながら診察をしてもらっていた私には、想定外の言葉が降ってきました

「特に検査にも以上はないし、症状もない、発熱は人によって個人差があるからセットポイント(平熱みたいなもの)が高いんだろう」

「ここで出来ることはなにもないよ」

…頭が真っ白になりました

…病院で出来ることがないということもショックでした

ショックな上に、「そんな言い方しなくてもいいのでは?」っと憤りを感じました

頼りにしていた存在に、否定されたような気持ちになったんです
気にしすぎてるだけだ!と…

私はこの先生の元で治療はできないと思い、病院を探して地域の中核病院の内科にかかることにしました

地域の中核病院に受診「PCR検査へ」

すぐに地域の中核病院に受診した私は、再びレントゲン・血液検査・尿検査などをして診察を待つことに

この時は、仕事にも行けないし、治療もできないし私はどうしたら良いの?っていう感情が抑えきれずに落ち込んでいました

ドキドキしながら診察に入ると、こう言われました

「軽い細菌感染でしょう」

正直、先生の一言にホッとしました…

また「病院ではみれません」って言われるかもしれないと思っていた私にとって、安心できる一言だったのです

この時の症状は

発熱37,5分・頭痛・身体の怠さ

そして後日、やはり症状は変わらないまま、再び診察へ…

私は今回の診察に入る際にもこんなことを考えていました

「PCR検査はもっと症状が強い人が受ける検査なんだ…」
「私の症状ぐらいでは無理な検査なんだろうな…」

しかし、そこで先生から衝撃の一言が…

「うーん、一回PCR検査してみる?」って…

そんなにあっさりと…

でもこれですこし状態がはっきりするかもしれないと思いお願いすることにしました

そして1度のPCR検査は陰性
数日経ってからの2度目のPCR検査はまたも陰性

この時先生に言われたのは、内科的なことではなく、他の可能性も考えないとね?と言われました

PCR検査の陰性はホッとした反面、なんでいつまで経っても熱が下がらないんだろう…と感じ再び落ち込みましたね

そして落ち込みながらも「他の病の可能性」と言われたので、病気のことを自分で調べることにしました

この頃がコロナの情報だったり、それに関係する病気のことだったりを異常なくらい過度に調べていた時期です

今思い出せば、この時の行動は気にしすぎていて、ノイローゼになったいたと思います

そして、ノイローゼになりながらもたどり着いたのが「うつ病」でした

心療内科に受診「うつ病を疑う」

私はうつ病から微熱・発熱がきているのではないかと思い
心療内科を受診しようと決めました

医療関係者として心の病気のことに多少知識があった。
しかし自分が心療内科にお世話になることになるとは思わなかったので足がとても重かったし、単純に怖かった

「自分はただ微熱が続いているだけ」
「もう仕事に戻ってもいいんじゃないか?」

などと頭の中がグルグルしていましたね

しかし仕事場にも報告しなければならないため、思い切って心療内科の扉を開きました

初めての心療内科は嫌な雰囲気もなく普通の病院の待合室でした…
(おそらく、自分の想像が怖さを作ってしまったのだと思います)

問診票は少し心療内科よりの内容だったけど、普通に診察に呼ばれて問診になりました

しかし、15分程の診察は緊張もあってか先生とうまくコミニケーションをとることができませんでした。
不完全燃焼のまま私は心療内科を後にすることに

帰り道に、私は思いました

「もうコロナの可能性は、ほぼ無いみたいだから仕事にいってみよう」と…

そして自分の判断で、仕事への復帰を決めました

心療内科に通院は辞めて「仕事に復帰」

仕事に復帰し、3日目の朝のことでした

…うまく起き上がれない

…涙が出てくる

…身体が動かない

そんな状態になり、余力と振り絞って仕事場に電話し休みをもらいました

全く原因はわからず、身体は動かず、気持ちは落ち込み…
そして、心身の不調はその日だけではなく、何日も何日も無気力な状態が続きました

結局仕事が出来る状態ではないということで職場を退職し、自宅で療養することに

そこからは本当に記憶が曖昧で、うまく思い出せないのです
しかし、心と体をおかしくした期間ということだけはわかります

幸いなことに1ヶ月が経ったぐらいで、親が実家に帰ってくるように言ってくれたのです

私は家に1人でいても、心療内科にすらいけない無気力な状態だったので実家に帰ることにしました

実家で養生する「精神科に受診」

家族に連れられ実家に帰りましたが
帰ってからも、私の無気力状態は依然として続きました

しかし実家にいることので何もしなくてもいい状態になり、時間はかかりましたが気力を取り戻していきました

ようやく外出できる状態になったため、評判の良い精神科にかかることに

そこで出会った精神科の先生はとても相性が良く、最初の問診から心がスッと軽くなったのを覚えています

先生によってこんなにも違うんだなっていうのをすごく感じました

同時に先生に出会わなければずっと辛いままだったのかもしれないと怖さを感じていましたね

「先生の話し方に」

「先生の聞いてくれる安心感に」

「私の言葉にできない気持ちを言語化してくれたことに」

「初めていう私の気持ちだったり」

ここで初めて自分の気持ちに気が付いたのかもしれません

そして精神科で先生に助けてもらいながらも養生し、少しずつ少しずつですが心身が回復したんです

ある程度回復したところで、一人暮らしの暮らしに戻りました

今思い返してみると「自分の気持ちに気付けなかった」

今当時を思い返すと、大きな原因はこれかなと思います

「コロナ禍の中1人で自宅に引き籠っていたこと」
「病院でも不安を解消できず、誰にも相談できなかったこと」

深く考えれば、様々な要因もあるのだけど
不安の中、自分の気持ちに気がつくことができなかったのが1番の原因

その上に、完璧主義の性格が自分を追い詰めてしまっていた

「仕事」「結婚」「交友関係」「挫折」など様々な気持ちがのしかかり

気持ちが折れてしまったのだなと

今はうつ病から学んだことを生かしたいと思っています

「自分の気持ちに気付くこと」

できる方には些細なごく当たり前のことですよね?


しかし私にとっては、とても難しく何も考えずに過ごすと蔑ろにしてしまうものなのです

だからこそ今は「今」の自分の声を聞くように注意しつつ生活することを心がけています

だからこそ私は今の自分の気持ちを大事にして自分で選択して歩んでいきたいと思っています

大事なのは「未来」や「過去」の自分の気持ちではなく、今の自分の気持ちだから
今の連続が「未来」につながるから

最後まで読んでいただいて、本当にありがとうございます

優しい世界が、価値観を認め合う世界が、うつ病の理解がある世界が訪れますように

                         tetu

↓↓↓続編です