うつ病体験談

【うつ体験談・コロナ禍での発熱#2】心の病になった時の症状をブログに書く

前回、心の病になった理由をブログに書きました

理由編を見てからの方が、分かりやすいので見てない方がいたらどうぞ↓↓
(見た頂いた方はごめんなさい💦飛ばしてください)

ご覧になっていただきありがとうございます

さて、今回は私がうつ病になった緊急事態宣言の時からの「症状」と「心の移り変わり」を書いていきたいと思います

私だけでなく、たくさんの方がこの時期には苦しめられました

決して、ネガティブな気持ちでこの記事を書くわけではなく

前向きに体験したことをお伝えし、同じように苦しんでいる方に届けば嬉しいです

誰よりも優しく他人の事を考えられる、だけど少し繊細なあなたに届いて欲しい

【症状】緊急事態宣言の最中、微熱にて町医者にかかった時期

仕事を微熱で休み、町医者の内科にかかっていた時期の私は大きな不安もなく過ごしていました

発熱37.7分、頭痛、怠さ。という感じの症状でした

以前から、扁桃腺炎にかかり40度近い熱を出していたので今回の熱ぐらいでは驚きもしないし、むしろ休む事の方が不服でしたね

町医者にいったのも、仕事場に迷惑がかかるといけないから早めに治して復帰しようと考えていたからです

この時期は気持ち的のもうつ病の兆候もなく、本当に「風邪にかかってしまったなぁ」ぐらいの気持ちでした

【症状】地域の中核病院にかかった時期

内科の先生に「ここではできるはなにもないよ」と言われ、病院を変えてしっかり大きな場所で診てもらおうと思っていた時期です

症状は、発熱37.5分・頭痛・怠さという感じでした

この時は前回の内科で言われた言葉がショックで少し落ち込んでいました

コロナ禍で診療してくれている先生に対しても批判的な気持ちでいっぱいだったのを覚えています

「無症状のコロナ感染者がいると聞くのに、なんでしっかり対策をとってくれないんだ…」「では微熱が下がらない私はどうしろと?」

みたいな感じで考えていましたね

今思うと、先生に対しては申し訳ないことをした。あのパニックになっていた未曾有の危機の時でも診療してくれた先生・看護婦さん・受付さんには感謝の気持ちでいっぱいです

そして中核病院でPCR検査をやった時は、「やっと身体のことがわかる…」「気が晴れるんだろうな」と思っていました

PCR検査なんてやってもらえると思って病院に行っていなかったので…

自分でも異常なくらい敏感に情報は入れていたのですが、恐怖心の方が大きく勝ってました
(PCR検査も完全コロナ診断のためのものではないということ)

結果が出て、PCR検査が2回の陰性ですごくホッとしたのを覚えています

しかしそれと同時に思いました

「ではなんで私は熱が出ているの?」「気のせいなの?」と…

原因がわからないことほど怖いことはないし、無症状のコロナだって可能性はあると思い、Twitterや個人ブログを読み漁るようになったのはこの時期がはじめでした

今にして思えば、同じ思いを共有して不安を取り除きたかったのだろうなと感じます

【症状】心療内科に受診した時期

地域の中核病院で「内科的なことだけではなく、他の可能性も考えないとね?」と言われたのもあり自分で調べた結果、うつ病からの微熱というものあることを知りました

そして心療内科にいくことを決めました

初めて心療内科にいくことを決めた時は、すごく勇気がいる決断でしたし、不安な気持ちがさらに強くなったのを覚えています

覚悟を決めて心療内科に行ってみると…

「微熱の方は診療が受けられません」

…私は心療内科にも診てもらうことはできないんだ。と思い悲しくなってしまいました

しかし諦めるわけにもいかず何件か調べ回っていると、ようやく診療してくれるところを見つけたのです

そしていざ診療してもらうと、うまく話せず、先生とは噛み合わず、何も成果が得られないまま帰路につきました

この時の心境は「もう仕事に戻る」「ここに来ても私は仕事に戻れない」と感じていて、仕事に戻る準備を始めました

また、情報を得るためにもTwitterを使い「微熱待機組」みたいなハッシュタグで検索し、同じような人を常に探していました

この時は不安が強すぎて、相当なTwitter廃人でしたね💦

【症状】仕事復帰から仕事を退職後1ヵ月間

仕事に復帰し、初日・2日目と私は普通に過ごしていた思っていました

今思い出すと、イライラして「なんで症状がわかんないのか?」ということを職場の周りの人にも出してしまっていたと思います

(まだ謝れていないので、この場で謝罪させて頂きます)

そして3日目の朝に起き上がれなくなりました

涙が勝手に出てきました

身体がうまく動かなくなりました

自分の身体ではなくなりました

職場に連絡だけはしないといけないと思い、連絡しました

そしてその数日後に「退職して身体を休めたらどうか」とお話しして頂いたので退職することに決めました

(私のわがままで申し訳なく思っています。しかし後悔はないです)

正直いって少し身体から荷が降りたような感覚でした

そして退職してからの日々がはじまりました

ここから約1ヵ月くらい(だと思う)の期間は本当に記憶が曖昧なので詳しくかけないのですが、1人で閉じ込められ、五感を全て奪われたような感覚でした

「頭が霧がかかったようなモヤモヤ感で出口がない」

「景色も色も褪せており、何も感じず」

「食事をしても、味がわからず。食べることすら興味を失い」

「当たり前にできていた家事もできず」

「人に会うのが怖く」

辛いのか辛くないのかもわからないような状態でした

具合的には本当に覚えていないのですが、朧げにこれぐらいの感じで覚えています

【症状】実家に戻り養生し、精神科に受診

そんな状況の中で私を連れ出してくれたのは、家族でした

実家に帰ってこいと言ってもらったのです

私は最初拒否したのですが、根気よく説得してくれて帰ることにしました

なぜ拒否してたかは、簡単に説明すると「実家があまり好きではなかったから」です

詳しくはまたの機会にしますが、あまり好きではない実家に帰るのを根気よく説得してくれた母には感謝です

(あまり面と向かっては言えないけど)

そして実家で何もするわけでもなく、時間を過ごしました

はじめは「悪夢」「睡眠障害」「腹痛」などにも襲われていましたが、徐々に少なくなりましたね

そしてうつ病の人には読書がいいと聞いたので、元々好きだった読書をはじめました

ご紹介したい本はたくさんあるのですが、今回は省きます

そしてこの時期に、本と動画でいろんな知識や考え方を学びました

余計なことも学びましたし、自分の心がざわつくこともありました

でもこの時間が自分の考え方や生き方を、改めて感じる時間になったのは確かです

今でこそですが、病気になって良かったと思えるのは「自分の感じたことを素直に感じる」ことを学べたからです

あの思いを2度体験するのは、もういやですけどね…

そのあとも実家でしっかりと休み、気力の回復とともに私は評判の良かった精神科にかかることにしました

そこで出会った精神科医の先生は私にとって心の支えになる方でした

初診時にはしっかりとお話を聞いていただいて、今回の件やそれに伴う私の抑えていた気持ちを受け止めてくださいました

本当に感謝しています

実際に先生にカウンセリングをしていただいて、病気はやはり専門家にまかせないといけないなとヒシヒシと感じました

家族のこと、仕事のこと、自分が本当に思っていることを話せる機会というのは少なくとも私にはあまりなかったので、余計に思ったのかもしれませんが…

それからは家でゆっくりと休みながら、先生のカウンセリングを受け少しずつ回復の道を辿りました

※私はうつ病に「完治」という言葉はないと思っていて、「克服」という言葉が正しいのかなと思っています
(克服は努力して困難にうちかつこと。困難をのりこえること。)

【今の気持ち】そして自分の家に帰って来た

体調も精神的にも大分回復した私は、家に帰って生活のリズムに戻すリハビリをはじめました

今はここまで回復できたことを嬉しく思いながら、自宅でリバビリ期間を過ごし、学びとチャレンジを繰り返して奮闘中です

「考え方や物の見方を変えるのは、人との触れ合いが大事」

「恐怖を自分で作り出している」

「自分の本当の気持ちを無視しない」

などは今チャレンジしている課題です!

まだまだなちっぽけな人間ですがこれから成長して、人にもわずかな優しさを分けられるような人になれれば嬉しいです

TwitterやInstagramで関わってくれる方や、このブログを見ていただいている方には心より特にお礼申し上げたいと思います

ありがとうございました

最後まで長々と駄文を読んでいただき本当に感謝です

穏やかな毎日が、緩やかな毎日が、充実した毎日が皆様の元を訪れますように…

                               tetu